貧者の救済と反戦運動に生涯を捧げた日本人、賀川豊彦牧師(かがわ・とよひこ、1888―1960)が、1909年に神戸のスラム街で貧民救済を始めて今年で100年。日本では賀川豊彦献身100年記念事業が行われているが、韓国でも賀川豊彦への関心が高まり、27日には、ソウルでシンポジウムが開かれた。
賀川豊彦は、日本のクリスチャンの中でも特に強い信仰心を持ち、社会活動に生涯を捧げた人として知られる。また生活協同組合(生協)を立ち上げ、現在の生協活動の礎を築いた。インドのガンジーと並ぶ「東洋の聖者」として国際的に知られ、1947、48年にはノーベル文学賞の候補にもなり、1955年にはノーベル平和賞の候補にもなった。
反戦・平和主義を貫き、日本が韓国を植民地支配したことに反対意見を表明した。また、韓国と日本が漁業権をめぐって紛争となり、李承晩大統領(当時)により李ラインが引かれた1955年には、「東洋平和のために大統領と日本との関係を平和に導いてください」との手紙を李承晩大統領に送り、韓国内でも大きな評判となった。
献身100年を迎えた今年初めには、賀川豊彦の生涯を韓国の人たちに知らせようと、韓国・仁川市在住の金在日(キム・ジェイル)牧師が、「阿波の偉人伝 時代を超えた思想家 賀川豊彦」(林啓介著)を韓国語に翻訳して出版した。
金牧師は、「賀川の貧民救済の思想を、韓国の人々に伝えたいと思った。また韓日の懸け橋にもなればと考えた」と話している。鳴門市賀川豊彦記念館を訪れる韓国人も増えたという。
ソウルで開かれた「社会宣教献身100周年記念韓国シンポジウム 賀川豊彦」では、ソン・インウン牧師が「キリスト教で社会をどのように変化させることができるかを賀川牧師は示した。韓国の牧師にとっても立派な先生である」と語った。賀川牧師の孫でグラフィックデザイナーの賀川督明さんも出席。両国の参加者は韓日の友好を誓った。