姜尚中・東大教授による「母―オモニ―」(集英社)と、作家の伊集院静の「お父やんとオジさん」(講談社)が評判を呼んでいる。姜尚中さんは在日1世の母を、伊集院さんは同じく在日1世の父をテーマに描き、普遍的な家族のきずな、歴史的に翻弄された在日社会をあぶり出している。
姜尚中さん初の自伝的長編小説となる「母―オモニ―」は、「わたしは幸せだろかいね。うん、幸せたい。そうたい、幸せたい」と独り言のように語りながら、2005年に亡くなった母に対する思い出を、小説にまとめたものだ。
日本による植民地時代、東京の軍需工場で働く父の元に16歳のとき、見合いで嫁いだ母。貧しい実家の口減らしのための結婚でもあった。空襲によって東京が大被害を受けると、命からがら、父の弟テソンが住む熊本に移り、そこで解放を迎える。テソンは大学卒業後、憲兵となっていた人物だった。
韓国に戻るかどうか迷い、まずテソンが妻子を母らに託して韓半島に戻るが、再び熊本に戻るまで25年の歳月を要することになる。
祖国に戻ることをあきらめた母と父は、熊本で生活し、苦労を重ねて息子たちを育てていく。
学校に通えなかった母は字を書けなかった。「オモニが字ば知っとったら、いろんなものば書いて残しとくばってんね」
植民地支配と民族差別に翻弄されながらも、強く生きた家族2代を通し、母とは、そして家族とは何かを問いかける。
「母の記憶をたどることが、文字を知っているわたしに文字を知らない母から託された遺言のように思えてならない」と姜さんは話す。
「お父やんとオジさん」(講談社)は表題通り、伊集院静さんの父とオジさんをモデルにした自伝的小説だ。
大人になったボクは、昔、父のもとで働いていたから人から、父と母、そしてオジさんの若き日の話を初めて聞き、衝撃を受ける。父は13歳のとき、ひとりで日本に渡り、働き続け、海運業で成功する。母は幼い頃に日本に渡り、女学校を卒業。父と結婚する。
母の父と弟は、祖国である韓半島に帰る。ボクの両親は日本に残った。
韓国戦争が勃発すると、オジは北朝鮮軍と韓国軍の対立に巻き込まれ、命を狙われて過酷な潜伏生活を強いられる。
父は、弟を助けてほしいという母の求めにより、義弟を助けるため戦場に突進する。救いを求める弟。生還を祈る妻と家族。韓半島と在日の人々を苦しめた厳しいイデオロギー対立、その中で家族の絆を命がけで守り抜いた在日1世の激しい姿が描かれる。
太平洋戦争、韓国戦争という2つの戦争を生き抜いた両家族の姿は、多くの在日の現代史そのものといえよう。