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2022/08/12

<在日社会>在日77年、ヘイトを許さない社会を

 1945年8月15日、解放当時の在日人口は約210万人だった。1946年3月までに約140万人が祖国に帰還したものの、戦後の韓半島は混乱が続き、再び日本に戻った者も多かった。

 65年6月、日本が韓国を韓半島唯一の国家として承認する「韓日基本条約」および在日韓国人の法的地位について定めた「韓日法的地位協定」などの協約が結ばれ、韓国籍申請者には「協定永住」許可が与えられ、永住が法的に保証された。

 82年、国民年金法、児童扶養手当法などの社会保障関係法令から国籍要件を撤廃する法整備が行われ、初等教育、国民年金、児童扶養手当、健康保険など、日本国民と同一待遇を受けられるようになった。

 91年11月1日に「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法」(入管特例法)が施行され、「協定永住」と「特例永住」は「特別永住」として永住資格が一本化された。


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