聖学院大学国際学術シンポジウム「東アジアの平和と民主主義―北朝鮮問題への対応策」が、このほど都内で開かれ、ワシントン大学名誉教授のヤン・C・キムさんが基調演説を行った。その要旨を紹介する。
非核問題に対するオバマ政権の選択肢には基本的に3つの類型が考えられる。
◇オプション1~関与・宥和政策の拡大
過去2年間ブッシュ政権が所謂創造的柔軟性、戦略的不透明性、プルトニウムの生産中断の重要性、またよりよきオプション不在の理由で正当化しながら北朝鮮への度重なる一連の譲歩で協議の延命を図ってきた宥和政策をさらに拡大させるオプションである。(例えば経済エネルギー支援に加え国交正常化、平和協定締結、軽水炉提供等諸問題に対する米朝協議の早期開始と進展)。その見返りとして厳格な検証議定書への合意と無能力化の完了、高濃縮ウラン、核拡散、核兵器放棄問題等の解決をめざしたロードマップ作成のための協議の開始に北が合意することを要求する。
米国が当面北の核保有を事実上認定し、北との平和共存を決断したと見なされるが、オバマ政権も今までの米政府が取ってきた北の核不容認政策を固持する。宥和政策の拡大の範囲や速度を調整する。
オプション1は理論的に想定できるが実現の可能性は少ない。何故なら北朝鮮が協議に応じることは考えられるが米国側の今までの核心的要求・条件を北が受け入れて履行するとは想定しがたい。第2に、北朝鮮の基本的・核心的要求に応じた諸措置をオバマ政権が実際にとることは著しく困難である。
◇オプション2~強制的政策に転換
北朝鮮の完全非核化を目指しあらゆる強制政策を想定したオプションである。北が実質的にサンプリングを含む検証議定書の文書化に応じず無能力化を中断させ、核施設の再稼働に踏み切り、第3段階への移行を拒否した場合、北が2・13合意や9・19共同声明を正式に破棄した場合、あるいは北の核拡散行為が特定された場合は、あらゆる制裁を科し北を圧迫する、北の反応によってはレジーム・チェンジを本格的に試みる。このような強圧政策の実践が、北による報復措置実行への可能性を高めうることを認識しての選択である。
オプション2が近い将来実現化する可能性は低いが、北の出方、行動、関連状況の展開によっては想定できるシナリオである。オバマ政権発足後、オプション2を米政府が最初から選択する可能性はほぼない。しかし北朝鮮側が非核化目標に対する重大な違反行為をおこせば別問題である。
◇オプション3~宥和・強圧混合型
オプション1と2を適切に配合した類型である。基本的に9・19合意及び2・13合意を尊重する立場でそれらの履行を追求する。ヒル・ライスチームが過去2年間歩んできた道――無原則で国益に沿わない譲歩を重ねる――を止揚する。具体的には申告と検証過程の厳格化を含め9・19共同声明の有効性の再確認(特に核兵器放棄条項を)“第三段階”へ移行し、早期の核廃棄ロードマップ作成の作業開始を要求する。同時に対北朝鮮“補償”の拡大と提供タイミング問題の協議に入る意思を表明する。会談の方式は2者、及び3、4、5、6者間の協議とする。補償として経済・エネルギー支援、軽水炉提供問題、外交関係樹立、平和協定問題についての早期協議が含まれる。可能な限り総括的、一括的妥結を目指す。早期にNGOレベルの相互訪問を開始し、十分な準備を経て適時の米朝高官の相互訪問につなげる。
オプション3が実現化する可能性はオプション1や2より高い。現行の諸制裁はすべて維持する。制裁措置の緩和、解除、或いは追加的制裁は北朝鮮の対応による。北朝鮮が米国の要求に応じず非核化への協力拒否が明確になれば、オプション2に列挙された強圧的政策に転換する。
朝米関係の未来~前途はいばらの道
オバマ政権下で米朝関係が急速に前進するとの見解もあるがそれはあまりにも楽観的な見方だ。
事実上オプション3のカテゴリーに分類できる接近方式をオバマ政権はとると思う。
北の条件はインセンティブの拡大リストに含まれているが、北を除く6者協議5カ国がすんなりと合意できるものでは無い。エネルギーを長期に、例えば10年間、年100万㌧相当、支援することは比較的に合意しやすいだろう。しかし、北が軽水炉提供問題の即時協議開始と提供確約を求めてくるのは必至である。一方“適切な時期に協議”するとの9・19声明の該当文句に対する米政府の解釈は、北の非核化が実現した時点である。仮にオバマ政権が前向きな態度をとるとしても米議会は支持しないだろう。
外交関係樹立に関する協議を開始し、米・朝両政府が原則に合意したとしても履行はほぼ不可能である。人権問題での進展もさることながら、核保有国である北朝鮮との国交樹立は不可との原則にはばまれる。平和協定締結問題は他の複雑な関連協定、関連事項の処理問題とからみ非核化へのロードマップ作りのための協議開始の合意も無い状況では平和協定内容に合意するだけでも難しく、ましてや履行することは不可能である。
最大の難関は北朝鮮が米国に対北敵視政策を転換すべきと要求していることである。北は米韓同盟・日米同盟体系の実質的解体、破棄を前提とした核“放棄”核軍縮を想定しているのである。それは北朝鮮の建前、レトリックに過ぎないとの解釈は妥当ではない。
北としては米国を含む国際社会が北朝鮮を核保有国として事実上認めればよいのである。米国政府が北の核不容認政策目標を達成できず外交無作為の状況が長引くほど、核保有国としての地位は強固になるとの認識である。それはインド、パキスタンが歩んだ道でもある、と北朝鮮は考えている。北はリビア、ウクライナ方式を拒否する。
米国側の事情に加え北朝鮮側の事情が障害要因になるとの論拠もある。北指導部のイデオロギーを含めた特殊な価値体系と国際政治観、硬直した認識・概念構造、特異な政策決定過程と交渉スタイルは、北の対米外交における柔軟性を妨げる。その結果米政府の対北宥和政策遂行に否定的な影響をおよぼす。金正日委員長の健康問題は北の政策決定における硬直性を高める方向に作用するだろう。
国際情勢の推移もオバマ政権の核問題への早期取り組みを困難にする。緊急対応を要する経済不況からの脱却問題に加えイラク、アフガニスタン、パキスタン、パレスチナ等、高い優先順位を持つ保安・外交問題が山積している。
日本と韓国に対する北朝鮮の激しい対決政策はオバマ政府の宥和政策追求を困難にする。日本と韓国両国はオプション1におそらく否定的でオバマ政権を牽制するだろう。オプション3に始まり、実質的にオプション2に移行するシナリオが、現実性があり各自の国益に合致すると考えているのではないか。また核問題について日本・韓国との事前協議と協調の重要性を強調してきたオバマ大統領の発言も想起されるべきであろう。
将来、北朝鮮最高指導者の交代がある状況で北朝鮮の政策志向はどうなるかは不透明であるが、現指導体制の下では米国側の核心的要求条項の受け入れを拒否するだろう。従ってオバマ政権が大胆な宥和政策を通じた核問題の平和的解決を試みたいとしても、その努力は水泡に帰す可能性が高いと思う。前途は、いばらの道そのものである。