聖学院大学国際学術シンポジウム「東アジアの平和と民主主義―北朝鮮問題への対応策」が、このほど都内で開かれ、東洋学園大学人文学部教授の朱建栄さんが基調講演を行った。その要旨を紹介する。
中国国内ではいま「国際責任」を意識した議論が活発に行われている。北京大学国際関係学院院長・王緝思は08年11月7日、北京で開かれた「北京フォーラム」で次のように発言した。
「国際ルールをあらためて認識し次第に適応した後の中国は、一段と国際舞台で活躍していくだろう。温室ガス排出量最大の国の一つとして中国は『京都議定書』が失効する12年までに具体的な省エネ・排出削減の対案を出す予定だ。エネルギー消耗と製造の大国として中国は国際的なエネルギー価格決定メカニズムなどに一段と声を上げていく。中国は核不拡散、軍縮、宇宙の平和利用などの面において国際メカニズムを強化することに力を入れていく。更に貿易大国として中国はWTOのドーハ会合を成功させるために関係国と強調しつつ更に努力していくだろう」
このような外交スタンスの変化の中で中国の東アジア外交および北朝鮮政策を見ていきたい。
一つは、東南アジア重視から東北アジア重視へのシフト。十数年前から、中国はアセアン諸国との関係強化を重視し、東アジア経済圏の構築に関してもアセアンのイニシアチブを期待する姿勢を見せてきた。その背景にはアセアンの団結と発信力、日中間の対立などが挙げられるが、最近になって背景要因はいずれも変わったようだ。タイの内乱に象徴されるアセアンの無力化と対照的に、日本と中国の関係は大幅に改善され、去年12月に開かれた日中首脳会談に示されるように、東北アジア三カ国の連携、協力も緊密化し始めた。世界金融危機の中で中国と日本が受けた影響は相対的に小さいことや、危機の張本人米国への不満を共有していることを背景に、最近、中国は日本、韓国ともに、すなわち東北アジアの主導をもって東アジア全体の連携、危機対策のイニシアチブをとることに軸足を移しているように見受けられる。
小泉時代に両国首脳は4年以上相互訪問がなかったが、08年は5月の胡錦濤主席の訪日など少なくとも5回の相互訪問が行われた。「戦略的互恵関係」の構築は安倍(元)首相時代の合意だったが、福田、麻生両首脳に継承され、日中政府間関係の新しい枠組みになった。6月、東シナ海のガス田の共同開発についても合意に達した。2つの大国が排他的経済水域をめぐって最初の合意にこぎつけたこと自体、全世界で見ても、少なくともここ20年において前例のない進展である。
台湾海峡の緊張が緩和し、両岸交流が急速に進展したことも指摘したい。5月に馬英九政権が誕生して以来、両岸(中国大陸と台湾の)関係は急速に雪解けし、北京の対台湾交流窓口・海峡両岸交流協会会長の陳雲林が中国大陸側の最高幹部として初めて台湾を訪れ、12月15日、「三通(通航、通運、通信)」はついに全面的に実現した。年末、胡錦濤主席は台湾側に対して、「一つの中国」の前提の下で当局間の対話ないし軍当局の協議、野営になった民進党との交流を呼びかけた。台湾が求めてきたWTO(世界保健機関)へのオブザーバー加盟について北京は一部認める方向だと見られ、台湾側が政治・安全保障面の対話に応じる前提として挙げている人民解放軍の台湾向けの1000発以上のミサイルの撤去についても北京側は真剣に検討していると伝えられている。両岸関係は東北アジアの緊張緩和にとって援護射撃になっていくことは間違いない。
中国外交は全般的に自信を強め、対日、対米、対ロ関係をいずれも強化した中で、朝鮮半島とりわけ北朝鮮の核問題について懸念ともどかしさを募らせているようだ。
韓国の李明博政権は中国と距離を置くのではないかと当初、中国側に懸念もあったが、北京五輪閉幕翌日に胡錦濤主席はすぐソウルを訪問し、重視の姿勢を示した。
ただ、中韓両国の民間ナショナリズムは今、ぶつかっているようだ。数年前、「高句麗」問題をめぐって対立があったが、08年4月末の聖火リレーが長野で無事に終わって、中国側がほっとしたところへ、ソウルでのリレーで中国人留学生と韓国側メンバーとの間に摩擦が起こった。
その前後に、中国のマスコミやインターネットでは、韓国は多くの中国の伝統文化に属するものを「韓国の発明」として「パクった」と大きく伝えられ、もともと文化に誇りを持つ中国の若者の多くはそれで韓国への反発をあらわにし、北京五輪の野球種目の日韓対戦試合では中国人観衆は圧倒的に日本チームを応援する一幕があった。日本と中国の間に、これまで多くの摩擦を経験してきたが、韓国と中国の間でも関係の拡大にともなって相互理解の促進、誤解の除去の課題が残っているように思われる。
北朝鮮に関しては中国の一般民衆、特に若者はほとんど冷ややかな見方をしており、ネットでは時々、化石博物館を見てきたような驚きの体験記が載っているが、全般的には無関心である。それに比べて中国のオピニオンリーダー層は、北朝鮮の内政と外交対策に対して批判的な姿勢を見せている。筆者の知っている限り、中国で批判されているのは、①経済発展せず、息苦しい社会統制をし、同胞である韓国に対して脅しをかけ、どこか文化大革命当時の中国に似ていること②外交面では米国ばかりを見て、最大の支援者である中国を二の次に置き、時々その悪口を言うこと③核問題をめぐる交渉では相手側から譲歩や経済支援を引き出すことばかり考え、誠実さが見られないこと、といった点である。
北京の中国外交筋から聞いた話では、中国側は、米国に対しても不満を抱いている。米側交渉代表ヒルが最後の北京訪問で中国側との間に本音を述べ合う意見交換が行われ、米側代表が中国側に、北朝鮮側にどう対応すればよいかのアドバイスも求めたそうだ。
これらの動きから推測して、オバマ新政権も北朝鮮の核問題については中国との強調を強めていく見通しで、6者協議は再び、核問題交渉の主戦場になる可能性がある。
金正日総書記の健康状況に関して去年秋以降、関心が集まったが、ひとたび重病で倒れたことはほぼ間違いなかったようだ。ただ、その後は回復し、今は権力を掌握していると見られる。しかし健康問題はいよいよ現実化し、権力の移行はどう進行するか注目されている。息子の誰かが継承するといった報道が多いが、中国の専門家は、その可能性は極めて低いと見ている。集団指導体制にまず移行していく可能性が高いと考えられる。
去年末になって、北朝鮮では経済振興を目指す人事と政策に再び着手したと伝えられ、中国は、その動きを歓迎している。この動向によって、①金正日総書記は依然、国を指導している②世界金融危機の影響は平壌にも及んでいる③経済発展の重要性、緊急性を再び認識した、と読み取れる、経済発展を重視する北朝鮮の動向に中国は常に支持の立場を表明している。今年は中朝国交60周年の節目でもあり、ポスト胡錦濤のニューリーダーの北朝鮮訪問も考えられる。
北京では6者協議をいかに活性化していくか検討が行われている模様で、中国が今後、東北アジア外交にどう出てくるか、注目していきたい。