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2009/07/10

<トピックス>縮む世界経済と韓日 第8回                                                           早稲田大学大学院 野口 悠紀雄 教授

  • 野口 悠紀雄 教授

    のぐち・ゆきお 1940年東京生まれ。東京大学工学部卒業。大蔵省入省。エール大学経済学博士号取得。一橋大学教授、東大教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月から早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。著書に「バブルの経済学」「『超』整理法」、「金融危機の本質は何か」など多数。

 昨秋のリーマン・ショック以降、グローバル不況が続いている。今年に入り、株価回復など世界経済に回復の兆候が見受けられるが、人々の不安感を払拭するほどではない。資本主義の総本山ともいうべき米国が危機の震源となり、「資本主義の終末ではないか」という議論も一部で起きている。金融危機以後の世界経済の現状と今後の行方をどう見ているのか。アジアで韓国と日本はどのような協力体制を築くべきなのか、早稲田大学・野口悠紀雄教授に話を聞いた。

 ――昨秋のリーマン・ショック以降、グローバル不況が続いているが、世界経済の現状認識について聞かせてほしい。

 世界経済の大変動の原因は、米国の経常収支赤字が急激に収縮したことにある。米国の経常収支赤字は2007年の夏ごろにGDP(国内総生産)の6%に相当する7000億㌦台に拡大した。米国が膨大な赤字を抱えて経済を維持できるだろうか。これが、世界のエコノミストの関心事だった。そして結果を見ると、金融危機や為替レートの変動、株価下落などが立て続けに起き、経常赤字は今年3月にGDP比3%台に急減した。同時に、米国内で消費が減少し、対米輸出依存度が高い日本、韓国、中国などが大きな打撃を受けた。日本の対米輸出は昨年11月以降急減し、今年1月は前年の半分に落ち込んだ。

 ただし、リーマン危機により世界経済がおかしくなったのではなく、それまでおかしかったことが正常化に向かう過程でリーマンショックが起こったと認識している。これは、04年から続いていた米国経済のバブルが崩壊したという意味で、現状は回復に向かっているとは言えない。

 ――今回の金融危機の本質はどこにあるのか。

 リーマンショックというのは、世界が抱えている金融問題のひとつが表面化したことだ。これにより米国の金融市場が収縮し、消費者ローンや貿易も縮小したが、米国経済が軌道修正したことも事実として認める必要がある。さらにバブルの原因は住宅価格だけではない。円安など為替レートの変動も原因となった。02年以降、安くなった日本製品が米国でよく売れた。この時期、住宅の価格も上がり、米国民はそれを担保にローンを組み、自動車などの耐久消費財を購入した。つまり米国で起きた住宅バブルの崩壊が世界経済危機の原因になったのは事実だが、それは米国だけの問題ではないということだ。

 ――金融危機後にG20首脳会議が開かれ、グローバルな対応が図られたが、どう評価されるか。

 グローバルな対応をしたかどうかについては疑問がある。各国ごとに対応策をまとめたという印象だ。各国が発表した財政出動の内容についても疑問だ。特に中国の57兆円規模の対策は、今まで決まっていたものを積み上げたにすぎない。日本の15兆円規模の追加経済対策も中身がほとんどない。米国も同じだ。ただ、米国と欧州が金融緩和を行ったことは効果を生んでいる。円安バブルなどの金融バブルが再燃する可能性はないと思う。

 ――これからの世界経済の見通しは?
 
 米国経済は回復するだろうが、東アジア、特に日本経済は簡単には回復しない。L字型の落ち込みが続き、さらに劣化していく可能性がある。今回の危機で日本の輸出は1980年代前半の水準にまで落ち込んだ。鉱工業生産指数は70%に低下し、企業の経常利益は3分の1に縮小した。特に製造業は軒並み赤字を計上するなど、非常に深刻だ。米国が回復しても、円安バブルによる日本の輸出拡大は望めない。日本の製造業の問題は、労働力や資本を注ぎ込んでもそれに見合うリターンが得られない非効率的な産業構造になってしまったことだ。韓国はウォン安効果で輸出が増えたが、今後は日本と似たような道を歩むだろう。輸出依存度がさらに高い中国の場合は輸出産業が壊滅状態で、もっと深刻だ。欧州でも貿易依存の高いドイツや東欧は厳しい。

 ――そのように考えると、金融危機の最大の被害者は輸出依存度の高い日本、韓国、中国、ドイツなどであると思うが。

 たしかに被害国ではあるが、バブルの原因を自ら作ったことを忘れてはならない。簡単に言えば、輸出で生じた利益を米国に投資したことで、米国のバブルが拡大した。外貨の運用方法として米国債に過剰投資したことも問題だった。

 ――日本は産業構造を外需から内需主導型へと転換すべきだと主張されているが。

 内需主導型に変えていくしかないが、非常に難しい。例えば、自動車産業は不況になり米国に車が売れなくなったので、中国、インド市場の開拓や、電気自動車の開発などを考えているが、それはビジネスモデルの転換ではない。本当に転換しようとするなら、系列を脱皮して水平分業を展開していく発想が必要だ。しかし、大手メーカーが倒産するような事態が起こらないかぎり、大転換はできないと思う。自動車産業もパソコンやiPodなどのように水平分業で生産する構造へと転換しなければならない。

 ――韓国は貿易依存度が日本以上に高いので、より難しい対応が求められると思うが。
 
 内需主導型経済への転換は韓国でも可能だと思う。ただし、輸出依存度が日本よりはるかに高いので非常に難しい面もある。内需、外需によらず、製造業の生産モデルを垂直統合型から水平分業型に展開していくことが今後の課題になる。

 日本の自動車生産設備は年産1100万台だが、需要は700~800万台に落ち込んでいる。これは生産設備全体の30%が過剰だということだ。これからは雇用や在庫だけでなく、設備のリストラにも本気で取り組む必要が出てくる。日本の製造業は雇用全体の20%を占めている。鉱工業生産指数が30%低下したということは、雇用が6%減少したということだ。現在の失業率は約5%だが、今後、10%以上に跳ね上がるかもしれない。ワークシェアリングにも限界がある。オイルショックの時は危機意識があり上手く対応できたが、過去に前例がない今回の危機への対応は非常に難しくなる。

 ――今の世界経済危機は「新しいことや社会を変えようと思う人にとってはチャンス」と強調されているようだが。

 とにかく勉強することが大事だ。若い人から経営者まで、大学院で学ぶ必要がある。米国では危機以降、ビジネス・スクールの入学者が非常に増えた。働きながら学ぶ人も多い。オバマ大統領は就任演説で、すべての米国人が1年間は再教育を受ける必要があると訴えたが、その認識は正しい。これまではウォールストリートで高給を得ることに価値がおかれていたが、不況になると、勉強して転職するか、自立を考える人が増える。早稲田大学大学院でも昨秋以降、学生が倍増した。

 一方、韓国人は日本人よりも勉強への意欲が高いと思う。日本人も見習わなくてはいけない。スタンフォード大学の知人から聞いた話だが、米国では上流階級の子弟を中心に高校レベルの勉強を教える寄宿制の大学予備校(プレップスクール、Prep School)があるが、多くの韓国人学生が通っている。将来、米国を動かす人間になる人間と英語で意思疎通できる人材が韓国で育っていることを意味する。将来的に、韓国が世界の政策立案者の仲間に入れる可能性がある。韓国人の教育熱は日本人よりも高く、大きな差がある。

 ――資本主義は修正を重ねながら発展を遂げてきたが、耐用期限が切れたとの議論がある。その一方でマルクス再評価の動きもあるが。

 資本主義という言葉自体、マルクス経済学者が作ったものだ。正確には、市場経済か計画経済か、と見ることが正しい。マルクス経済学が機能しないということは、人類が多大な犠牲を払って学んだことだ。ソ連で何億もの人がシベリアに送られ、ソ連も東欧も経済運営に失敗して国家を崩壊させた。「市場のほかに代替はありえない(There is no alternative)」という言葉があるように、市場をいかに運営していくのかがより大事だと思う。

 ――アジアの時代といわれて久しいが、韓日中の世界経済でのウエートは確実に高まっている。激変期における韓日協力のあり方について提言をお願いしたい。

 70年代の世界を制したのは日本とドイツであり、80年代以降は、韓国、台湾、香港、シンガポールのアジアNIEsと呼ばれる国・地域が急速に工業化を遂げた。ただし、それは20年前までの話だ。そして今回の経済危機で最大の被害国となったのが東アジアの国々だ。今後、これらがどのように経済構造を立て直すかが重要な課題だ。特に中国は今回の危機で輸出が打撃を受け、経済だけでなく、政治体制の問題に進む可能性がある。

 日本は韓国の教育の熱心さに学び、韓国は日本を反面教師として学んだらよいと思う。日本は中途半端に豊かになり、怠けてしまった。学生の質の低下、マスメディアや政治まで質の低下が深刻だ。危機が深刻化すれば、逆に人々は目が覚めるものだ。それに期待したい。