韓流現象とは本質的に異なる「韓国に学べ」現象が起きている。これは、日本経済の大黒柱であるデジタル家電産業の競争力を立て直すためのベンチマークを韓国に求めるという意味だ。グローバル戦国時代のいま、過去のビジネスモデルを作り直し、日本的経営(マーケティングと人間)の開国を実現しなければならないと主張する林廣茂・同志社大学大学院ビジネス研究科教授に寄稿していただいた。
「韓国に学べ」現象が燃えさかっている。最近10年間の、豊かで平穏な日々の中で、韓国に「はまる」韓流現象とは本質的に違う。この「韓国に学べ」は、日本の経済の大黒柱であるデジタル家電産業の競争力を立て直すために、そのベンチマークを韓国に求めるという意味をもつ。グローバル戦国時代のいま、日本的経営(マーケティングと人間)の開国を実現しなければならない。
09年は、デジタル家電の日本勢がグローバル競争でサムスンやLGに大敗北した記憶すべき年である。これを、「泰平の夢を覚ませと、黒船ならぬ亀甲船が日本的経営の開国を迫っている」警告と受け入れたい。こんどこそ開国を遅らせれば、薄型テレビや携帯電話などにとどまらず、21世紀のグローバル戦国時代に日本の近未来を担うと期待されている太陽光発電、燃料電池、電気自動車など電気・電子と名のつく分野でことごとく落城する可能性が高くなる。「何を学ぶのか」の処方箋が必要だ。学んで、機能しなくなった過去のビジネス・モデルを捨て、新しいモデルを造り直すことだ。テレビを例に取り、筆者の意見を述べる。
「アップ・スパイラルな商品の革新(イノベーション)を連続して実現する」という価値創造競争で、ソニーやパナソニックは遅れをとった。新技術開発(新商品開発の技術革新)と新市場開発(新たな顧客価値の創造と全世界に供給するマーケティングの革新)の最適組合せに遅れたのだ。「技術には勝っているが、マーケティングで負けた」のではなく、「技術で並ばれ/追い越され、マーケティングでも負けてしまった」
図表①で整理する。欧米が起点で、(A)先発・ベスト商品として、かつてのブラウン管(CRT)の白黒テレビ①とカラーテレビ②の市場がスタートした。日本勢が(B)→(C)を経て小型化・軽量化・高性能化、低価格化を実現して世界のリーダーになり、(D)でカラーテレビの平面ブラウン管・トリニトロンなどの成熟期の革新を起こして世界の頂点に立った。韓国勢は、一周遅れて(B)→(C)と追撃したが、(D)の日本勢にキャッチアップできなかった。かくして、常に技術革新で先行しておけば韓国勢に優位でいられるという日本勢の成功モデルができ上がった。
薄型テレビ③では、日本勢が(A)先発・ベストの起点になり、一躍世界優位に立った。わずか10年弱くらい前のことである。その後、(B)→(C)とサムスンやLGが間髪を入れず追撃してきたが、日本勢は気にもかけず、(D)で技術革新を続ければ、優位を続けられると信じていたようだ。「まさか、負けるはずがない」の侮りもあった。
韓国勢は、90年代から2010年代の現在も好況・不況に関係なく、巨額の連続投資を行ない、半導体やパネルなど薄型テレビのデバイス生産→完成品の組み立ての一貫プロセスを拡大し、しかも圧倒的なコスト競争力を築き上げた。そして、生産技術で日本勢を追い抜き、(B)(C)(D)のどの商品戦略でも世界中で勝てる力をつけた。20年かけて日本勢に勝ったのだ。ローマは一日にして成らず、である。
薄型テレビの需要は、それ以前の家電商品と違い、「ニーズが、先進国→中進国→途上国へと時間差をおいて順々に生まれる」のではなく、中進国・途上国の中間所得層の急拡大と同調して、世界同時に多発し、しかも多種多様なニーズを自己主張する独自のセグメントとして成長・拡大している。そして、高級型~普及型、大型~小型にいたるまで、急激な価格低下はとどまるところを知らない。世界市場の規模は既に日本国内の10倍をゆうに超えて更に成長を続けている。
韓国勢はスピーディーな意思決定で、全てのセグメントに対応した顧客価値を造り込み、現地の所得に合わせた価格を設定して商品の優位性と収益性の双方を獲得するビジネス・モデルを確立した。徹底した現地化である。一方、09年にサムスンがLEDテレビで(D)いち早く成熟期の革新・優位を獲得し、3Dテレビ④では(A)新技術開発で一歩先行し、アメリカ市場で10年3月、先発・ベストのスタートをきった。
日本勢を抜き去ったのは、トップのリーダーシップと本社と全世界の市場をつなげる数千人ともいわれる地域専門家人材の組織力と、世界一になる目的を共有した彼らの「やればできる」努力のたまものである。サムスン電子のCEO・崔志成(チェ・ジソン)氏は、過日会長に復帰した李健煕(イ・ゴニ)氏の絶大の信頼を受け、「知力、胆力、説得力、持続力、体力」の五拍子そろった有言実行型リーダーだといわれる。
彼のスタッフの構成がすごい。90年から始まった「地域専門家制度」が、4000人の韓国人を各国の経済・文化に精通した専門家に仕立て上げた。グローバル・マーケティングで最大の難関の一つである「文化の違い、価値観の違い、ライフスタイルの違い」を、彼らはスムーズに乗り越えるグローバル人材だ。現地に永住することもいとわない彼らが、本社と現地に分かれて協同して、世界中で現地発の戦略を立てそれを本社がスピーディーに効率よく承認して実践に移している。さらに、数百人もの世界のトップ・ビジネススクール出身の多国籍のMBAたちが、韓国人の地域専門家と一緒になって、本社と現地で出身国市場の戦略立案と実践に携わっている。成果主義で評価される彼らのモーチベーションの高さは比類がない。英語はおろか現地語もろくにできない純血種・日本人が、世界中の現地企業のトップやマーケティング幹部を占め、現地の歴史や文化に関心を持つこともなく、平目のように本社の意向と自分が日本への帰任できる日を探っている。そんな内向き人間を数多く抱えている日本勢は、サムスンやLGに使節団を派遣し、謙虚に教えを乞うと良い。
日本のデジタル家電と自動車メーカーは、身を削る覚悟で再編成を断行して欲しい。その成否が、日本企業が世界のリーダーに復帰できるかどうかを左右する。
デジタル家電の三大製品のグローバル勢力図を見る。2009年の薄型テレビの世界シェアは、日本勢(ソニー、パナソニック、シャープ、東芝など7社)で37%、韓国勢(サムスンとLG2社)で36%だった。韓国勢が1位と2位を占めた。日本勢は3位~6位で32%である。携帯電話端末では、日本勢(4社)で2%、韓国勢(2社)で32%だ。PCでは東芝が6%の他は、日韓両国勢はほとんど全滅だ。そして韓国勢は、これら三大製品の基幹デバイスである半導体(2社)と薄型パネル(2社)で日本勢の追随を許していない。
自動車の勢力図も類似した構造になりつつある。08年では、日本勢(主要8社)が世界販売台数の32%を占め、韓国勢(3社)は7・5%だった。トヨタが売上と収益共に世界一で15%近いシェアを占めていた。09年、現代グループが快走して世界シェアを6・6%から7・2%に高め、ホンダと日産を一段と引き離した。トヨタは13%を割り込んだ。
日本国内では、両分野とも10社前後がひしめいて過当競争を続けた揚げ句に、利益を出せない構造にしてしまった。日本勢の収益性の低さと韓国勢の高さが際立っている。切り替え需要で成長してきた薄型テレビにかげりが見え、その上、急速な価格低下が続いている。自動車市場の縮小は止めようがない。利益の薄い小型車シフトも鮮明だ。国内では共倒れ寸前である。急拡大が続く海外市場では、トヨタの他はブランド力と商品開発・マーケティング投資力が不足しており、ずるずると後退を続けている。半導体、薄型パネル、携帯電話で辿ったのと同じ負けパターンである。
韓国勢の国際競争力の強さはどうして生まれたのか。97年にスタートしたアジアの金融危機に直撃されて韓国経済は、壊滅的な打撃を受け崩壊寸前だった。国家の存亡をかけて強権的に、多くの産業分野で財閥の枠を越えた「ビッグディール(大再編)」を断行した。電気・電子を2社+半導体1社に集約し、自動車を国内1社と海外企業への売却2社体制にした。企業は、国内の過当競争がなくなり、国の手厚い保護を受けて、ジックリと人材・技術・資本の強化に専念することができた。そして、この10年間、日本勢が圧倒的に強い先進国市場での直接競合を避け、BRICsや中近東、東南アジアなどの新興国で消費者目線の商品開発やマーケティングの実践を丹念に重ねてきた。09年、アジアの経済回復、中間層の急拡大、ウォン安の追い風も受けて、韓国勢の強さが一気に新興国で開花した。先進国でも名実ともにブランドのプレゼンスを一段と高めた。
再編の最大の目標は、業界のグローバル寡占化が進む中で、日本勢が確固としたリーダーとして復活することに尽きる。明日の新産業開発に向けた技術開発(再生可能エネルギー、グリーン自動車など)へ積極果敢に連続投資をする体力、先進国の中間層以上へブランド力を一段と強化するマーケティング投資力、新興国の中間層を取り込むため喉を切り裂く競争を勝ち抜く経営力。最低でもこの3点を担保できる業界再編が必要である。そして、勝つまでやりぬく闘争心、気力、愛国心がみなぎる人材育成と組織構築を実現する。
業界全体が小異を捨てて大同に就き、世界市場の10%シェアがリーダーのミニマム資格と考え、デジタル家電、重電、自動車でグローバル企業のビッグ3(グループ)に集約する。国内のニッチ企業として生き残るとか、海外企業の傘下に入る企業もあるだろう。パナソニックによるサンヨーのM&A、日産・ルノー・ダイムラーの連携、スズキとVWの資本提携、トヨタ・グループの結束強化とマツダとの連携など、濃淡はあるが徐々に動いてはいる。今必要なのはスピードを上げ一気に業界をあげて大再編を実現すことだ。残された時間はあまりない。
「不可能だ」との声が聞こえてくる。危機意識がないのか、企業は存続しているし、技術の優位性で競争力を回復できると無邪気に信じているふしもある。「経営統合やM&Aによる再編は、一方が他方の異なった企業文化を融合して社員の一体感を醸成するのに多大の時間と努力がかかり、再編の目的がなかなか達成できない」と主張する内ごもりの経営者や社員が多い。
時代遅れの認識である。異文化を融合するのではなく、それを互いに取り入れて共生しながら、一段と高い第三文化体として統合し新しい企業文化と活力を生むために再編するのだ。そこに至る必死で愚直な努力とダイナミズムの中から、グローバルな視点や思考、そして新しい競争戦略発想が生まれてくる。世界一になる「企業目標を共有」し、「戦略の立案プロセスは異文化特性を排除した世界標準化」と「戦略プログラムは現地の目線で実践する現地化」を実践すれば、組織の一体感が生まれる。グローバル巨人企業は、ほとんど例外なく、国内外での再編・異文化統合に成功してきた。
日本勢の力が劣化しつつある今、一見不可能と思える業界再編を実現しないかぎり、次世代の日本人は「かつて日本は一時期、電子・電気や自動車で世界の覇者だったことがある」と、歴史博物館で学ぶことになるだろう。その時、「日本の経済がどんな産業に支えられているか」想像もできない。
獅子・パナソニックがやっと目覚めたか。三洋を子会社化して再編の先駆けとなり、ビジネス・モデルの大転換へ舵を切った。サムスン電子を追撃し世界一を目指す。国内から海外へ成長の軸足を移し、海外の売上高比率を43%(2009年)から55%(12年)に拡大する。グローバル企業の基準の一つ50%以上をクリアすることになる。長く国内ナンバーワンだったせいか、これまで海外展開が不十分だった。ちなみにサムスンのそれは83%(09年)である。
今後の成長領域として、新興国市場と環境ビジネスに経営努力・経営資源を集中する。前者の市場で、薄型テレビなど「デジタル家電」と冷蔵庫など「白物家電」の既存ビジネスにおいては、「現地の消費者の目線(ニーズやウォンツ)に合わせ」「品質・機能・価格」でも韓国勢に対して競争力がある商品・サービスを、現地で開発・生産して販売・マーケティングを展開する。この分野は三洋の開発・生産をパナソニックに統合してコスト競争力を高める。サムスンやLGに大きく引き離されていて、ちょっと遅い目覚めだが、間にあうことを願う。
後者の太陽電池やリチウムイオン電池などの新事業は、韓国勢に技術開発力・製品力で一歩先んじているので、世界トップ級の競争力を持った三洋との経営統合でシナジーを生み、国内外市場で世界一を狙う。太陽電池は再生可能エネルギーの、リチウムイオン電池は電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)などエコ自動車の動力源の、それぞれ本命である。スピーディーな意思決定で、製品力の優位性を競争価格で提供できなければいけない。後発参入のサムスンが、大型投資で確実に追い上げてくる。
既存ビジネスでの韓国勢の壁は高く、厚い。09年の売上高で、パナソニック7兆4000億円強対サムスン11兆6000億円弱、サムスンが1・6倍大きい。営業利益額は、パナソニック1900億円、サムスン9300億円で、4・9倍の開きである。時価総額では、パナソニックは3兆円強で、サムスン10兆円弱の3分の1だ。インターブランドのブランド力ランキング(09年)を診る。パナソニック75位、サムスン19位。サムスンは今後更に順位を上げるだろう。ちなみにソニーは29位に一段と低下した。
パナソニックが新しいビジネス・モデルを、全世界で高成長・高収益を実現する強力なエンジンにするには、私は二つの課題を早急にクリアしなければならないと診断する。一つは組織と人材だ。つまり、サムスンに対抗して一段とスピーディーかつに果敢に、現地対応の商品開発や競争戦略の意思決定をし、成果を出す組織と人の能力のことである。これについては、上記で触れたので繰り返さない。
もう一つは、サムスンをアーキ・ライバルと定め、グローバル・ブランド力を飛躍的に強くするためのマーケティング投資力を持続することである。パナソニック・ブランドの評価が向上すれば、同調して売上や収益性が伸張する。
「日韓の相互補完を強化する」声が聞こえてくる。「日本勢の部品や工作機械を使って韓国勢がデジタル家電や乗用車などの完成品を造り、中国や東南アジアで売る。FTAを締結して補完関係を強化すれば、日韓は一段と強いウィン‐ウィン関係になる」。確かに両国企業の業績に貢献する。しかし、片肺的だ。相互補完しつつ「日韓がブランド競争」を戦い抜くことが、両国の競争的な国益と経済力の強化にはるかに有効だ。両国企業の競争をグローバル・ブランド力競争と言い換えると分かりやすい。ブランド力の勝者に、世界中から支持が集まる。その支持が、企業に成長をもたらし、国の経済を豊かにする。強いブランドはその国の人たちの誇りの源泉となり、社会に活力を与える。半面、自動車分野では、ブランド力が傷ついたいくつかの企業が苦しんでいるが、国益と国民も傷ついている。
だから、グローバル市場で成長を加速するには、パナソニックのブランド力を早急に強めることが必要だ。韓国勢との比較で、技術力ベースの製品という「モノ」のブランド力(品質・機能・性能)の優位性を喪失した今、想像力・創造力ベースの「コト」のブランド力(物語り性、イメージ、デザインなど)で優位に立つことだ。(図表②を参照)
「コト」のブランド力で、パナソニックはサムスンに大きく負けている。世界中で、同じ価格ならパナソニックよりサムスンが選ばれる。「世界一美しいテレビだ」と、誰あろうパナソニックの幹部が、サムスンのLED(発光ダイオード)テレビを観て褒めたと言う。「高級感がある」「デザインが良い」「先進性」「信頼感」などの賞賛も寄せられている。かつてソニー・ブランドを褒めたたえた言葉だ。パナソニックは、3D(3次元)テレビでも「ライバル・ブランドへの賞賛を繰り返すのか」である。
サムスンは全世界で売上比3%の広告・販促費を投下している。年間費用はざっと3500億円、パナソニックの3倍強である。ブランドの露出度は圧倒的に高い。かくして、北米・西欧はもとより、アジア全域・東欧・中近東・南米に至るまで、サムスンのブランド力がトップの座を維持している。パナソニックは肚をすえて、積極果敢な広告・販促戦略を実行し、全世界でサムスンを追撃しなければなるまい。折角のビジネス・モデルの大転換が、世界の人たちの支持・愛顧の拡大・強化を結果するために、である。サムスンは立ち止まってくれない。マーケティングは、ブランド力で優位に立つ競争である。