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2010/07/02

<トピックス>韓国に学べ~新たな競争戦略が始まった~                                                       同志社大学大学院 林 廣茂 教授

  • 同志社大学大学院 林 廣茂 教授

    はやし・ひろしげ 1940年韓国生まれ。同志社大学法学部卒。インディアナ大学経営大学院MBA(経営学修士)課程修了。法政大学大学院経営学博士課程満了。長年、外資系マーケティング・コンサルティング会社に従事。滋賀大学教授を経て、同志社大学大学院ビジネス研究科教授。日韓マーケティングフォーラム共同代表理事。著書に「日韓企業戦争」など多数。

 デジタル家電で世界市場を席巻するサムスンやLGなどの韓国メーカー。昨年の薄型テレビの世界シェアは韓国勢が1位と2位を占めた。携帯電話では、韓国メーカー2社で32%を占め、日本勢は4社で2%にとどまる。かつて家電王国だった日本のメーカーが再び世界トップを奪還することはできるのか。同志社大学大学院ビジネス研究科の林廣茂教授に文章を寄せていただいた。

 眠っていた獅子・パナソニックが目覚めた。サムスンを追撃する。その戦略はこうだ。まずビジネス・モデルの大転換である。国内から海外に成長の軸足を移し、海外の売上高を全体の43%(09年)から55%(12年)に拡大する。やっとグローバル企業の基準・50%以上の海外売上、をクリアすることになる。ちなみにサムスンの海外比率は83%(09年)である。

 今後の成長領域として、新興国市場と環境ビジネスの2領域に経営努力・経営資源を集中する。前者は、薄型テレビなどデジタル家電と冷蔵庫など白物家電の既存ビジネスで、「現地の消費者の目線=ニーズやウォンツに合わせ」「品質・機能・価格」の点でも韓国勢に競争力がある商品・サービスを、現地で開発・生産して販売・マーケティングする。この分野は三洋と統合して、経営資源を集約し競争力を高める。サムスンやLGに引き離されていて、ちょっと遅い目覚めだが、間に合うことを願う。

 後者の太陽電池やリチウムイオン電池など、まだ韓国勢に技術開発力・製品力で一歩先んじているので、競争力を持った三洋との経営統合でシナジーを実現して、国内外市場で世界一を目指す。追い上げてくる韓国勢や中国勢を引き離すためには、スピーディな意思決定で、製品力の優位性を競争価格で提供できなければいけない。EV・HVなどのエコ自動車、太陽光発電などのグリーン・エネルギーでリーダーシップを失ってはならない。半導体・パネル・薄型テレビでの敗北を繰り返さないように。

 既存ビジネスでの韓国勢の壁は高く厚い。つい数年前までデジタル家電の王者と言われたパナソニックがその地位をサムスンに奪われ、その差は拡がるばかりである。09年の売上高比較で、パナソニック7兆4000億円強対サムスン11兆6000億円弱、サムスンと1・6倍くらいの開きがある。営業利益額では、サムスンがパナソニック1900億円の6・6倍である。最新の時価総額を見ると、パナソニックは3兆円強で、サムスン10兆円弱と3倍の開きである。ブランド力(09年、インターブランドの評価)を診る。パナソニックは75位でサムスン19位。ちなみにソニーは29位に一段と低下した。

 パナソニックにとって、新しいビジネス・モデルを全世界で高成長・高収益を実現する強力なエンジンにするには、私は二つの課題を早急にクリアしなければならないと診断している。

 一つは組織と人材である。つまり、サムスンに対抗できるほどスピーディに果敢な意思決定をおこなえる組織、そして競争戦略を構築・実践するグローバルな人材の層の厚さだ。

 もう一つは、サムスンをアーキ・ライバルと定め、グローバル・ブランドのエクイティ(資産)を強くするためのマーケティング投資力を持続することである。エクイティの向上と共に、パナソニック・ブランドの評価が高まり、売上や収益性が伸張する。

 「日韓の相互補完論」が頻繁に聞こえてくる。日本の部品や工作機械を使って韓国勢がデジタル家電や乗用車などの完成品を造り、中国や東南アジアで売る。FTAを早く締結してこの関係を強化すれば、一段と強い日韓のウィンウィン関係になる。当たり前の国際分業論の焼き直しだ。

 私はこの論に一部賛成する。こういうビジネスの補完関係も、両国企業の業績に貢献するからだ。しかし、「日韓のブランド競争論」の方が、両国の国益・経済力の強化にはるかに有効だと思う。グローバル競争をグローバル・ブランディング競争と言い換えると分かりやすい。

 ブランド力の獲得競争の勝者に、世界中の人たちの支持が集まる。その支持を維持・拡大することで、企業は成長を持続し、国の経済を豊かにする。ブランドを持つ国の人たちの誇りの源泉となり、社会に活力をもたらす。反面、ブランド力が傷ついたいくつかの企業の苦境を、私たちは現在目撃している。その国の人たちも大いに傷ついている。

 パナソニックで言えば、グローバル市場で収益をもたらす成長を加速するには、パナソニック・ブランドのエクイティを急速に強めることが必要だ。韓国勢との比較で、製品力というモノ(品質・機能・性能)の優位性を喪失した今、ブランド力=コト(体験価値、イメージ、デザインなど)の付加かちで優位に立たねばならない。でなければ、低価格戦略でしか対抗できなくなる。残念ながら、ブランディングの付加価値創造で、日本勢はサムスンに大きく水を開けられている。

 世界中で、同じ価格ならパナソニックやソニーよりサムスンが選ばれる。ソニーが低価格を提供してもサムスンが買われる市場が拡大している。「世界一美しいテレビ」。誰あろうパナソニックの幹部が、サムスンのLEDテレビを観ての感想だと言う。「画面が美しい」「高級感がある」「デザインが良い」「先進性」「信頼感」などの賞賛が寄せられている。どこかでいつか聞いた形容詞だと思ったら、かつてソニーのブランドを褒め称える言葉だった。

 サムスンは全世界で売上比3%の広告・販促費を投下している。通常のテレビなどのメディアの他に、オリンピックのスポンサーなど全世界が注目するスポーツ・イベントで圧倒的な露出をしている。年間費用はざっと3500億円、パナソニックの3倍強である。かくして北米・西欧はもとより、アジア全域・東欧・中近東・南米に至るまで、サムスンのブランド力がトップの座を維持している。

 パナソニックは、腹を据えて、積極果敢な広告・販促戦略を実行し、全世界でブランド力の強化を急がねばなるまい。ビジネス・モデルの大転換が、世界の人たちの支持・愛顧の拡大・強化に帰着するように。マーケティングは、ブランド力構築の競争である。
マーケティングは、ブランド力構築の競争である。