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2011/07/01

<トピックス>私の日韓経済比較論 第6回                                                       大東文化大学 高安 雄一 准教授

  • 大東文化大学 高安 雄一 准教授

    たかやす・ゆういち 1966年広島県生まれ。大東文化大学経済学部社会経済学科准教授。90年一橋大学商学部卒、同年経済企画庁入庁、00年在大韓民国日本国大使館二等書記官、00~02年同一等書記官。内閣府男女共同参画局などを経て、07~10年筑波大学システム情報工学研究科准教授。2010年より現職。

◆言われるほど高くない韓国の非正規比率◆

 韓国の非正規比率は50%を超えるとの記事や論文を日本でよく見かける。信頼性に問題はあるが、多くの人が参照するウィキペディアでも韓国の非正規比率は一時期55%となった旨記述されている。一方で日本の非正規比率を労働力調査(詳細調査)で見ると09年で33・7%であるので、韓国の非正規比率は日本と比較してとても高く、韓国は非正規大国と思っている日本人は多い。

 そしてこれを根拠に、韓国が通貨危機以降に急速に回復した理由は、非正規化を進めて企業のコストを一気に下げたからであると、論じられることもある。しかし結論から言うと、韓国の非正規比率はそのように高くはない。

 韓国では非正規比率が50%を超えているとの誤解は、統計庁が毎月公表している「経済活動人口調査」(本調査)で把握される非常用雇用者と非正規雇用者を混同することによって生じている。非正規雇用者について統一された国際基準はないが、一般的に、①雇用契約期間が限定されている②一週間の労働時間が短い③派遣や請負労働など間接的に雇用されているといった条件の少なくとも一つが当てはまる雇用者が非正規雇用者と見なされている。そして、日本でもこのような雇用者を非正規雇用者とみなしている。

 しかし韓国の本調査では、契約期間が1年以下の者が非常用雇用者とされる。ただし雇用者の多くは契約期間が決まっていないので、これらの人については、口頭契約の有無、適用される人事管理規定、退職金やボーナスなど各種手当を受けているかを調査員が回答者に尋ねた上で、常用雇用者か否かを判断している。

 そして実務的には、長期間勤務しており当面解雇される心配がない人でも、各種手当を受け取っていない場合は非常用雇用者として区分している。具体的には、小売業などの小さな商店で働く人は、長年働ける環境にあっても、給料と手当の区別が曖昧で、手当として別途金銭を受け取っていない場合がほとんどであり、この人々は非常用雇用者として判断される。そしてこのような雇用者は雇用者全体の20%を占めている。

 しかし国際基準では、各種手当をもらっていなくても雇用契約期間が定められていない雇用者は正規雇用者として扱われている。韓国の本調査ではこのような人々は非常用雇用者とされるため、非常用雇用者を非正規雇用者と見なすと、非正規比率を20%ほど過大評価することとなる。

 一方、韓国では「経済活動人口付加調査」(付加調査)が年2回行われており、この調査では、①契約期間が定められている(暗黙上も含む)②週36時間未満の労働時間③間接雇用されているといった条件の少なくとも一つが当てはまる者が非正規雇用者とされるなど、概ね国際的な基準が採用されている。

 そして付加調査から見た非正規比率は09年8月で34・9%であり、この数値は前述した日本の非正規比率33・7%と概ね等しい数値である。つまり日韓の非正規比率は概ね同水準であると判断することができる。

 韓国には付加調査のような国際基準に近い非正規比率を把握できる統計がありながら、日本で誤った数値が出回っている理由としては以下の点が考えられる。付加調査は01年から調査が開始された比較的新しい統計であり、それまではしかたなく本調査の非常用比率が非正規比率として代用されてきた。

 よって正しい非正規比率を把握できる統計が整備されたにもかかわらず、未だに過去の数値が日本で紹介され続けている可能性がある。さらに韓国経済は悲惨であるとの結論を出すため、意図的に誤った数値を紹介している可能性も否定できない。

 韓国を専門的に研究しない限り、両国の統計が比較可能か判断することは難しく、一般の読者は紹介された数値を信頼せざるを得ない。非正規比率は日本で誤った数値が紹介され出回っている典型的な事例であるが、このような例は少なくない。

 比較可能な統計をきちんと紹介して、正しい韓国経済の姿が日本人の間で共有されるよう貢献することが韓国研究者の使命であろう。