◆条約発効後も輸入禁止措置は可能◆
4月24日にアメリカ政府は、カリフォルニア州でBSE(牛海綿状脳症=いわゆる狂牛病)に感染した乳牛が確認されたと公表した。ただし確認された牛は、30カ月齢以上の、乳用牛であり、食肉が流通することはなさそうである。
今回は輸入禁止に踏み切るケースではないと考えられるが、もし感染の疑いのある食肉が輸入される可能性が生じた場合、今年3月にアメリカとのFTAが発効した韓国は輸入禁止ができるのであろうか。
この点に関して流布している誤解は、「韓国は牛肉の関税率を15年間でゼロにするなど自由化を進めるが、BSEが発生しても、自由化に逆行する輸入禁止などの措置をとれない」といったものである。
しかしこれは、関税といった市場アクセスに関する措置と、食品の安全を守るための措置を混同した議論である。確かに15年後には関税はゼロになり、市場アクセス面では輸入を妨げる措置を講ずることができなくなる。しかし食品の安全を守るための措置は、関税が40%であろうが、ゼロであろうが、講ずることができる。
韓米FTAで衛生および植物衛生措置に関する事項を定めている第8章では、衛生および植物衛生措置の適用に関する、協定上のお互いに対する自国の既存の権利および義務を確認すると記されている。
これに関連してGATT第20条は、差別的に取り扱わないこと、また偽装された保護主義として利用しないことを条件に、各国政府が人や動植物の生命または健康を保護するために貿易に関与することを認めている。
食品や動植物の輸入によって、食品の安全が守れなくなる、動植物の病気が蔓延するといったことを防ぐために導入される措置は、SPS措置(衛生及び植物検疫措置)と呼ばれ、この措置を講ずることは食の安全を守るため、各国が有する権利である。そして韓米FTAではこの権利に変更を加えていない。よって韓米FTAが発効した後に、アメリカでBSEが発生した場合、輸入禁止等の措置をとることができる。
もちろん、SPS措置が全て認められるわけではなく、あくまでも偽装された保護主義として利用しないことが条件である。WTO・SPS協定の加盟国は、独自の基準を定めることが認められているが、基準には科学的根拠が必要とされている。ただし、科学的不確実性に対処するため、暫定的な予防措置も認められている。
そして、両国間のSPS措置に関連した紛争事項は、WTOの紛争解決手続きに従がうようにした。
つまり韓米FTAは、これまでにWTO体制下で確立してきた、食品の安全を守るための措置に関する取り決めに、何ら変更を加えていない。よって感染の疑いのある食肉が輸入される可能性が生じた場合、従来韓国が行った、全面的な牛肉の禁輸措置も可能である。
今回、アメリカでBSEに感染した牛が確認されたことを受け、韓国政府は検疫を強化すると報道された。これは、現時点では輸入禁止措置をとる状況ではないと判断したもので、韓米FTAにより、輸入禁止ができなかったわけではない。しかし韓米FTAに反対する立場の人々は、韓米FTAが発効したために、輸入禁止ができなかったと宣伝する可能性がある。
また日本でTPPに反対する立場の人々も、「韓米FTAのために韓国政府はBSEが発生しても、牛肉の輸入禁止に踏み切れなかった」→「日本がTPPに参加すれば韓国の二の舞になる」として、TPP参加反対の根拠とするかもしれない。しかし韓米FTAの条文をきちんと読めば、韓米FTAが発効して、牛肉の輸入自由化が進んでも、狂牛病が発生して感染牛が食肉として韓国に輸入される可能性が生じれば、きっちり輸入禁止措置を取ることができることは明白である。
韓米FTAに関する議論は、一部感情論で語られることがあるが、日本では感情論をそのまま受け入れるのではなく、冷静に分析することが必要ではないだろうか。