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2012/10/05

<トピックス>私の日韓経済比較論 第21回 大統領選挙と財閥改革                                                      大東文化大学 高安 雄一 准教授

  • 大東文化大学 高安 雄一 准教授

    たかやす・ゆういち 1966年広島県生まれ。大東文化大学経済学部社会経済学科准教授。90年一橋大学商学部卒、同年経済企画庁入庁、00年在大韓民国日本国大使館二等書記官、00~02年同一等書記官。内閣府男女共同参画局などを経て、07~10年筑波大学システム情報工学研究科准教授。2010年より現職。

◆どの候補者が当選しても財閥の現況に大きな変化なし◆

 12月に行われる大統領選には現在、朴槿惠、文在寅、安哲秀の3氏が名乗りを上げている。選挙において様々な争点があるが、経済民主化もその一つであろう。3氏とも強弱はあるものの経済民主化を進めるとしているが、経済民主化が進められる結果、財閥優遇措置が弱まるのではないかといった指摘を聞くことがある。しかし筆者は、だれが大統領となっても、財閥が置かれる環境は大きく変化しないのではないかと考えている。

 第一の理由としては、財閥に対する優遇措置は実際には存在しないため廃止のしようがない点が挙げられる。朴正煕大統領時代には、銀行を通じて資金を財閥に優先的に割り当てていた。そして金利が当時の物価水準を下回っていたため、実質金利はマイナスとなった。政府が育成対象としていた産業を抱える財閥は、このような政府の優遇政策により成長が可能となった。これぞ財閥優遇措置の最たるものであろう。

 しかし財閥の巨大化とともに弊害が顕れるようになり、1980年代後半から公正取引法を根拠として、財閥は大規模企業集団に指定され、出資限度、相互出資禁止などの規制を受けるようになった。

 さらに97年の通貨危機以降の企業構造改革では財閥規制が強化された。現在では、財閥に対する優遇措置は存在しないどころか、特別な規制が課されている状態と言える。

 現政権の下では、低金利、ウォン安といった企業、特に輸出企業にフォローの風が吹いている。しかしこれらは財閥を直接優遇したものではない。

 低金利政策は、リーマンショックにより急激に冷え込み、なんとか持ち直した景気を維持すること、また最近後退色を強めている景気を支えることを目標としている。11年には複数の月において、物価上昇率が目標の上限である4%を超えてしまったこともあり、韓国銀行は基準金利を数回に分けて1%以上引き上げた。それでも金利の水準が低いことは間違いないが、これはあくまでもマクロ経済政策の結果であり、財閥のみならず韓国の経済主体全体に効果が波及している、

 またウォン安は、低金利の影響がないとは言えないが、リーマンショック以降、勢いがない欧米金融機関が、新興国に積極的な投資を行っていない影響が大きいと考えられる。つまり韓国政府の力によってウォン安が持続しているわけではない。

 財閥企業による輸出は多く、強まった国際競争力を背景に財閥が恩恵を受けたことは確かである。しかし、海外から原材料や部品を輸入している財閥企業も少なくなく、輸入価格の上昇によるコスト増に直面しているところもある点も考慮しなければいけない。

 次に第二の理由であるが、財閥規制のドラスティックな強化は難しいことが挙げられる。盧武鉉大統領時代に出資限度規制が緩和され、李明博大統領は規制を廃止した。出資限度規制は、相互出資禁止の抜け穴である循環出資に縛りをかける目的で導入されたが、この廃止によって、財閥企業の議決権をオーナーに集中させることが容易になった。

 新しい大統領は出資総額規制を復活させる可能性はある。しかし規制の復活が財閥に大きな影響を与えることはないと考えられる。金大中政権時に、出資総額は総資産の40%とされたが、議決権がオーナーに集中する構造には変化が見られなかったからである。

 数十年前はともかく、現在の財閥企業は、政府の優遇措置がなくとも自らの力で成長しており、大統領がだれになっても、存在しない優遇措置を廃止することはできない。

 また成長の原動力である財閥の足を引っ張り、わざわざ景気を悪化させることは考えられない。せいぜい出資限度規制を復活させて、オーナーへの権限集中を緩和させようと試みる程度である。よってだれが大統領となっても、財閥が置かれる環境は大きく変化しないのではなかろうか。