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2015/01/23

<トピックス>張相秀の経営コラム 第9回                                                          張 相秀 亜細亜大学特任教授

  • 張 相秀 亜細亜大学特任教授

    チャン・サンス 1955年韓国生まれ。慶応義塾大学経済学修士、同商学博士。一般財団法人日本総合研究所専門研究員、サムスン経済研究所人事組織室・室長などを経て、現在は亜細亜大学特任教授。

◆企業成長とカルチャー・イノベーション◆

 サムスングループの第二代目会長の李健熙氏は、93年6月7日に、今のサムスンを築き上げた源とも言える「新経営」を宣言した。それも韓国のソウルではなく、ドイツのフランクフルトで、改革ののろしを挙げたのである。

 震源地はサムスン本社から約8600㌔も離れたところだった。その後、「妻と子供を除いて全て変えて見よう」との改革波は、半年にかけて、いろんな事業場において様々な場面から徐々に強まって押し寄せてきた。今のままで続くと、サムスンは潰れるのは間違いないとの絶望的な危機感があったからである。

 93年2月、アメリカのLAで8時間25分に渡った会議のなかで、次のような言葉を残した。例えば、「サムスン電子は86年に亡びた会社だ。私は危機意識を15年も前から感じて来たし、最近、4~5年の間は背中に脂汗が流れた」と語っている。

 今日、金の卵を産むガチョウのようなサムスン電子に対しては、さらに厳しいことを言い続けた。「サムスン電子の悪い習慣は排他的であり閉鎖的であることだ」「サムスン電子は、私の言う意を分からないわけじゃなく、聞かないのだ。聞かないし、やらないのだ」等々である。


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