◆労使双方に利益をもたらす合意を◆
韓国では団体交渉を通じて労使対立が顕在化することが度々見られる。団体交渉では賃上げをはじめ労働条件に関する広範な事項について労使間の交渉が行われるが、紙面の都合上、今回のコラムでは賃金交渉を中心にふれていく。
1987年の民主化運動の高揚を契機に成長した韓国の労働組合は1990年代半ばまで大幅賃上げ要求路線を展開していた。この路線によって賃金は大幅に上昇し、企業側にとっては人件費の負担が重くのしかかることになった。しかし通貨危機発生後1998年の賃金交渉においては、失業者の急増を背景に労働組合が雇用維持を目的とする譲歩交渉に転じ、協約賃上げ率がマイナス2・7%となった(表1)。
だが企業は賃下げのみならず雇用削減も大幅に行ったため、労働組合は再び強硬路線に転じた。その後のV字回復と組合の大幅賃上げ路線回帰により2000年の協約賃上げ率が7・6%まで上昇した(表1)。
今世紀に入ってから現在にかけて韓国における協約賃上げ率は低下傾向にある(表1)。
特に世界金融危機の影響で2009年には協約賃上げ率1・7%と、通貨危機直後に次ぐ低水準を記録した。その翌年からは5%水準に回復しているものの、近年の景気停滞を受け、2016年は3・3%に下がっている。近年の協約賃上げ率は低水準であるが、協約賃上げ率は実際の賃上げ率とは異なる点に注意が必要である。
雇用労働部によると、協約賃上げ率は100人以上事業場の労使が賃金協約を通じて事前に合意した賃上げ率を意味し、事後的に支給される変動的な諸手当や成果配当金などは協約賃上げ率に反映されない。協約賃上げ率の算出対象にならない変動的な諸手当や成果配当金の支給は大企業などに多く見られる。
したがって、団体交渉は労働者の賃金を平準化させる機能を果たせておらず、事業体規模別の賃金格差は縮小の兆しが見られない(表2)。
韓国の賃金交渉は企業別単位が中心となっている。組合の産別化が進められていても、実際には企業支部の権限が強く、賃金交渉も事実上企業別単位で行われているケースも多い。昨年は、産業別交渉が衰退した1年であった。韓国労働研究院『雇用・労働ブリーフ』(2017年1月号)の「2016年労使関係評価と2017年展望」によると、金融部門では公共金融機関と民間の都市銀行が金融使用者団体から脱退することで団体交渉が難航になり、金属部門では現代自動車において初めてグループ交渉を試みたが使用者側への説得に失敗して現代自動車の企業別交渉も大型ストに至るほど難航した。
金融産業においては成果年俸制の導入、現代自動車においては賃上げ額をめぐって労使間で厳しい対立が見られたが、これらの事業体における正社員の賃金は韓国で最高水準にあることから、労組に対する社会からの批判が強まった。
しかし賃金交渉をめぐる問題点は政府側の対応にも見られる。雇用労働部は2016年4月に「賃金・団体交渉指導方向」を発表した。この指導方向には賃金ピーク制度の導入、年功制から職務・成果中心の賃金体系への改編、勤労所得上位10%の役職員の賃上げ自制など組合が反対する内容が含まれていた。つまり、労使間の交渉において中立的な立場をとるべき政府が事実上経営側を支援するような行政指導を労使に行おうとしたのである。
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