◆底流に負け組の剥奪感◆
2016年は世界の主要民主主義国で、積年の剥奪感(自分が得るべき職や豊かな暮らしを誰かに奪われていると言う感情、恨みの念)を持った人たちが行動を起こして、既存の政治を転換させた年として記録されるだろう。
経済先進国でかつ成熟した民主主義国のアメリカ・イギリス・フランスなどで、そして、新興民主主義国である韓国、マレーシア、インドネシアなどでも、1990年代以降のグローバリゼーションの大きな潮流にうまく乗っている人たち(以下、勝ち組)と剥奪感をもった人たち(以下、負け組)の職業格差・所得格差が拡大してきた。勝ち組は修士号以上の高学歴で高度なICT(情報通信技術)を自由に操り、自発的に仕事を創造できる組織のリーダーで、負け組は勝ち組に指示された通りに仕事をこなす単純作業員か、生産現場の労働者。単純作業はどんどんとコンピュータ化されるか中進国や途上国に外注されている。勝ち組は少数で、負け組が圧倒的な大多数を占める。勝者と敗者の中間に位置する人たちは瓢箪のくびれのように極端に小数である。
負け組の人たちは、格差社会の中で剥奪感をますます大きくしてきた。その人たちが、勝ち組が支配する経済体制は不公平だと怒り、グローバリゼーションに棹をさして排外主義的なナショナリズムへの回帰を求め、政治経済を転換させつつあるように見える。
アメリカの次期大統領にトランプ氏を選んだのは、負け組で、しかも安い賃金でも働く中南米からの移民に時間給の職場さえも取って代わられた白人たちである。その人たちが、積年の剥奪感を晴らしてくれるというトランプ氏に投票した結果だといわれる。イギリスのEU離脱の決定には、中東からの移民に職場を奪われた人たち、また、ドイツとフランスが主導するEUの辺境にイギリスが追いやられて更に雇用が減ると恐れた人たちが推進力になった。フランスでも移民に歯止めをかけるべきと主張する極右の排外主義の政治家が勢力を拡大している。いずれの国も、自国を第一に考え、グローバリゼーションに背を向ける政策に大なり小なり転換していくと観察されている。
韓国も例外ではなく、剥奪感・恨(ハン)を抱いた負け組が中心になった街頭デモで国会に圧力をかけ、朴槿惠大統領の弾劾訴追を勝ち取った。韓国は、経済は先進国だが、民主化の歴史では30年に満たない新興国だ。選挙に依るよりも激しい反対デモで政治が動く。経済の海外依存度は極端に高く、企業のグローバリゼーションは日本よりも急速に進んでいる。しかし、国内の雇用はあまり増えないために、とくに大企業への就職競争はかつての科挙試験さながらに苛烈である。しかも高学歴で高度なICT技術を備えた人たちの就職も厳しい。そこまでの知的能力を磨いてこなかった人たちの就職の難しさは推して知るべしだろう。勝者と敗者の格差はますます大きくなるばかりである。
韓国の剥奪感・恨には、歴史的・文化的要因(血縁・地縁のコネが効く社会への恨み)が濃い油のようにこびりついていて、それが、大統領とその友人で、実業家・宗教家である崔順実(チェ・スンシル)のスキャンダルに激しい怒りとなって噴出した。推定100万人の人たちが街頭デモに繰り出して「朴槿惠大統領は即時退陣せよ」と要求した。その強い怒りに突き動かされた国会が朴大統領の弾劾訴追を可決した。しかも与党であるセヌリ党から多数の造反者が出て、野党と共に賛成票を投じた結果である。与党は分裂した。
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