ここから本文です

2018/09/07

<トピックス>韓国労働社会の二極化 第39回 賃金問題④「EITC(前編)」                                                   駿河台大学 法学部 朴 昌明 教授

  • 駿河台大学 法学部 朴 昌明 教授

    パク・チャンミョン 1972年兵庫県姫路市生まれ。関西学院大学商学部卒。関西学院大学大学院商学研究科博士課程前期課程修了。延世大学大学院経済学科博士課程修了。現在、駿河台大学法学部教授。専攻分野は社会政策・労働経済論・労務管理論。主な著作に「韓国の企業社会と労使関係」など。

  • 韓国労働社会の二極化 第39回 賃金問題④「EITC(前編)」

◆「勤労奨励金」の支給対象を大幅拡大へ◆

 文在寅政権は2020年までに最低賃金を1万㌆以上にするという政権公約を事実上断念した。これに代わる低所得者支援策として政府は、EITC(Earned Income Tax Credit, 給付付き勤労所得税額控除)による勤労奨励金の支給対象を大幅に拡大し支給上限額も抜本的に引き上げる税法改定案を今年7月30日に発表した。

 EITCは韓国が2008年にアジア諸国の中で初めて導入しているのに対し、日本はまだこの制度を採用していない。韓国と同じく非正規職や所得格差等の問題を抱える日本でも近年EITCの導入をめぐり議論が行われているが、隣国である韓国の事例は示唆に富むものとなるであろう。そこで本稿と次稿では韓国版EITCである勤労奨励税制について紹介し、検討を行うことにする。今回は前編として勤労奨励税制の概要と今回の改定案について紹介する。

 EITCの理論的源流は、ミルトン・フリードマンが1962年に発表した著書『資本主義と自由』で提言した「負の所得税」である。このシステムは、一定の所得を下回る人々に対して政府は課税を行わず、給付金(負の所得税)を支給することを特徴にしている。この理論を応用し、課税額から税額控除を差し引いてマイナスとなる部分を給付するシステムであるEITCが米国で1975年に導入された。最低賃金制度は企業への人件費負担増をもたらすのに対し、EITCは政府が労働市場に直接介入せずに低所得層の所得水準向上を図ることが可能である。そのため、多くの先進諸国でEITCが導入されている。

 韓国では盧武鉉政権の発足後、国民生活基礎保障制度上の給付対象とならない低所得者の問題等を解決するためにEITCの導入が論議され始めた。2006年から国民に分かりやすくするために「勤労奨励税制」という名称が用いるようになり、勤労奨励税制を導入する「租税特例制限法」が同年12月に公布された(財政経済部『勤労奨励税制』2007年)。

 この法律は2008年から施行され、所得が最低生計費の120%以下でかつ国民基礎生活保障制度上の給付対象から除外された低所得世帯が適用対象に最大120万㌆が給付された。

 その後、勤労奨励税制は拡大する方向で整備されたが、文在寅政権はこの傾向をさらに加速化させる可能性がある。低賃金不安定雇用労働者の待遇改善を最優先課題の一つとする文在寅政権は、最低賃金に関する政権公約の実現が困難になったことから、その代替策として勤労奨励税制の改定を通じた低所得者への大幅な支援強化を選択した。7月30日に発表された税法改定案において勤労奨励金は支給要件や支給額などが大幅に変更される(表を参照)。改定案の主たる内容は以下の三つである。

 第一に、世帯要件の緩和である。現行の世帯要件は「配偶者あるいは18歳未満の子女がいるか、年齢が満40歳以上の者」となっている(国税庁、勤労奨励金申請資格ホームページ)。今回の改定案では30歳未満の単身世帯も支給対象とすることで一人暮らしの若年貧困層への支給が可能になる。

 第二に、所得要件と財産要件が大幅に緩和される。年間総所得を基準とする所得要件については、


つづきは本紙へ